スクリーンフリー
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先日、メルボルンのスターバックスでコーヒーを飲みながら座っていたとき。ふと顔を上げた瞬間、あることに気づいた。自分も含めて、周りにいる全員が画面を見つめていたのだ。開かれたノートパソコン、光るスマートフォン、下を向いたままの視線。
その瞬間、僕の大好きな映画『オーシャンズ11』のセリフが頭に浮かんだ。ラスティがジャリタレに教えるポーカーの最初の心構え、「感情はドアの外に置いてこい」。それを、なぜか僕の頭はこう書き換えた。
「スクリーンはドアの外において来い」
その言葉が、ずっと頭に残った。
もし、本当にスクリーンを入口に置いて入る場所があったらどうだろう。たとえば、そんなカフェがあったら。通知もない。終わりのないスクロールもない。意識が分断されることもない。ただ、人がいて、会話があり、本があり、そこにいるというシンプルな時間がある。
なぜ、それが大切なのか
今の時代、スクリーンから離れることはほとんど不可能に近い。仕事では必要とされ、家族や友人との交友関係すらもその上に成り立ち、リラックスする時間でさえNetflixやYouTubeに向かってしまう。
けれど、常につながっているはずなのに、僕たちはむしろ切り離されているように感じることがある。自分自身から。他人から。目の前の景色から。
「スクリーンは入口に置いていく」というコンセプトのカフェがあれば、それは珍しい自由を生み出す場所になると思う。店に入り、スマートフォンを預け、時間の流れが少しゆっくりになる空間に入る。知らない人と話すかもしれない。ノートにアイデアを描くかもしれない。ただ、何にも邪魔されずにコーヒーを味わうだけかもしれない。
違う種類の価値
それは、単にコーヒーを飲む場所ではない。体験のための場所だ。デジタルのノイズから意図的に距離を置くための、一時停止の場所。
ある意味で、スクリーンのない時間をひとつの贅沢に変える場所なのだと思う。ゆっくり味わうべきものとして。
僕にとって、このアイデアはテクノロジーを否定するものではない。大切なのはバランスだ。僕たちが画面に目を奪われている間に失いがちなもの、つまり注意力、つながり、インスピレーションを取り戻せる場所をつくること。
だから次にカフェに座るとき、少しだけ試してみてほしい。ほんのしばらく、スクリーンをしまってみる。
顔を上げたとき、何が、あるいは誰が目に入るのか。
きっと少し、驚くはずだ。